ビジネス文章の翼:雑論#2008年10月の記事

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自説と論証の合致

http://www.j-cast.com/2008/08/28025871.html
上記はさるモータースポーツのビッグイベントに関する記事である。昨年の不手際を責められた主催者側は、上記記事によると、
「とにかく今年は信頼を回復することが第一と考えている。万全の体制で望み、しっかりと対応するよう頑張りたい」
と答えたという。

これはビジネス文章を書く者にとって、示唆に富んでいる。すなわち、思っていることがそのまま文章に表れてしまい、想定される読み手の怒りを買うということである。

このコメントも短いながら実用文である以上、自説とその論証を含んでいる。自説は「今年は信頼を回復することが第一」であり、その論証が「万全の体制で望み、しっかりと対応するよう頑張りたい」である。しかし、記された自説を論証部分が論証していない。
その理由の第一は、「万全の体制」とは何かが明らかでないことだ。次いで、「しっかりと」対応する、という、実用文で決して使ってはならない副詞句を用いていることだ。

無論、コメントが短いため、「万全」「しっかり」の内容を開示できないという制限はある。従ってそれを差し引けば、書き手は自説のとおり手立てを考えている、としてもよさそうだ。しかし、そうはいかない。

決定的なのは、「するよう頑張りたい」である。「すべく努力する」ならばまだ良かった。行う対象、つまり「しっかりとした対応」そのものがあやふやである上、する「よう」という婉曲表現、「頑張る」という主体の行動確度を著しく下げる表現、くわえて「…たい」という、単なる願望表現が、これでもかというほど重なっている。発言者がどのような方かは存じ上げないが、よほど今年の開催について改善を行うなと、上から圧力をかけられているか、そうでなければ、今後のご自身の行動に、よほど自信が持てないのだろう。

いずれにせよ、このコメントの論証部分が意味するのは、「何もしない」ということになる。発言者が「何もしない」ことを意図しているならば、「今年は信頼を回復することが第一」という、これまた発言者の意図と矛盾することになる。論証部分が論証になっていないとしたゆえんである。

読み手は自説よりもむしろ、論証部分をより事実に近いと受け取る。従ってこのコメント全文は、「今年も何の手も打ちません」を意味することになる。おそらく発言者の意図はそれでドンピシャリだろう。論より証拠、今年のチケット販売後、主催者側は
「いずれの無料バスについても、レース開始、あるいは最終列車出発までの到着を保証するものではありません」
と注記を入れたという。

実用文のみならず全ての発言について、聞き手が怒りを感じるのは、そこに嘘があるからだ。嘘かどうかを判定する基準は、自説と論証に矛盾がないことを条件とする。矛盾があるにもかかわらず、自説部分がいかにも景気のいい、または調子のいいものだと、そうであればあるほど読み手の怒りを買う。なぜなら、「その気はないよ、でもだまされて下さい」ということだからにほかならない。馬鹿にされて、怒らない人がいるわけはないのである。

大げさな表現を使ってはならないと、指導の中で繰り返し戒めるのは、以上の事情をふんでいる。できもしないこと、その気もないことをいくら言葉で飾ろうと、飾れば飾るだけ、「実はその気は全くございません」という真意を表してしまう。無論、直接の対面ならば、非言語的コミュニケーションの方が効果として上だから、だましおおせるかもしれない。しかし文章ではそうはいかない。

また、仮に対面コミュニケーションだとしても、問題がなくなるわけではない。いや、もっとひどいかもしれない。というのは、発言者のしぐさ、容姿、声のトーン、その他の言語的意味の背景にだまされて、嘘を信じ続けた聞き手は、それが嘘とわかったとき、だまされていた期間の長さを考え、怒りを恨みにまで高めるからである。そのようなけしきは、いわゆる人間関係の軋轢として、どこの職場にも見られるだろう。

いくらビジネスと言っても、やはり嘘をつくのは得策ではない。ここまで考えるなら、ビジネス文章の中で使う言葉の選択、そして論証の重要さを、深刻にとらえるべきだと私は思う。

2008年 10月 11日 [土]



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